ボタヤマも緑になった・・・
飯塚市(いいづかし)は福岡県中部に位置する市である。
筑豊を構成する自治体であり、筑豊三都の一つ。
筑豊で最大の人口を擁し、筑豊の政治・経済の中心機能を持つ都市である。旧嘉穂郡。
飯塚都市圏の中心都市であり、筑豊地方、嘉飯山地区の中心都市でもある。
2006年3月26日に頴田町・庄内町・穂波町・筑穂町と対等合併し、新市制による飯塚市となった。
これにより、福岡県の中では、福岡市、北九州市、久留米市に次いで4番目の人口規模の市となった。
福岡県の中央部に位置する筑豊地方の中心都市で、福岡市の東約35km、 北九州市中心部の南西約40kmの場所に位置する。
市域中央部を一級河川の遠賀川が流れ、この付近は市街地を形成している。
市域西北部から西部~西南部にかけて三郡山(935.9m)、 砥石山(828m) など400~900m級の山々が連なっており、三郡山地と呼ばれる山地を形成している。
市域東部にも200~300m級の山がいくつかあり、小さな山地を形成している。
市域西端部の八木山峠やショウケ越、市域南端部の冷水峠は道路が整備されるまでは交通の難所であった。
市域中央部から北部は山に囲まれた盆地となっている。
内陸都市であり、夏場は気温が上がりやすく非常に暑く、冬場は放射冷却で氷点下まで下がる日も多く、福岡県内でも雪が降りやすい地域で積雪しやすい。
飯塚市の市街地は、古くから商業中心に栄えたが、最近では空き店舗が多くなってきている。
昼間人口比率111.6%(2000年)と、求心力の強い飯塚市だったが、合併により、比率が100%を割り込む可能性が高い。
新飯塚、新立岩(主要地域)
吉原町、本町、東町(商業の中心地、交通の要衝。繁華街・歓楽街)
菰田(個人商店の多い街)
伊岐須
弁分(沿道型商業地、交通が便利)
柏の森(沿道型商業地、交通が便利)
忠隈、南尾、枝国
遠賀川水系の肥沃な沖積平野で弥生時代より稲作が行われ、各地に古墳が点在する。
立岩式石包丁の製作工場跡や人骨を収めた甕棺が話題を呼んだ甕棺墓群等で有名な立岩遺跡がある。
日本国内での鋳銅技術発祥の地としても知られている。(筑豊地域)
現在の市域に長崎街道が整備された。現在の市中心部に飯塚宿が、市南部(旧筑穂町町域)に内野宿が整備され、それぞれ宿場町として栄えた(筑前国内区間には全部で6箇所の宿場町があり、「筑前六宿」と呼ばれた)。
この頃から、農業中心から商業中心になってきた。
近代に入り、石炭がエネルギー資源としての利用価値を帯びるようになると、石炭発掘が盛んになり、周辺一帯は筑豊炭田と呼ばれ発展し、国の基幹産業となった。
飯塚市は筑豊地域の中心部となり、全国各地や外地から多くの炭坑労働者が移住し、人口が急増した。
しかし、戦中戦後の乱掘と昭和30年代のエネルギー革命によって石炭産業は衰退し、炭鉱の閉山による急激な過疎化が進んだ。
近畿大学や九州工業大学が飯塚にキャンパスや附属高等学校や附属幼稚園を設置して以来、飯塚は学生を中心に人口が増加し、過疎化は止まった。
最近でも人口は筑豊の中では珍しく、増加傾向にある。
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