地元の醤油です。
地元・飯塚(筑豊地域)でおなじみの醤油ですね!
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写真に並んでいる醤油をご紹介します:
左側:ムラサキノ醤油(青印)
「ムラサキノしょうゆ」の青印(甘口の濃口醤油)です。お刺身やお煮物、かけ醤油など、日常の料理に欠かせない旨味とまろやかな甘みが特徴です。
中央:白藤醤油(淡口)
「白藤しょうゆ」(創業一八六九年)の淡口醤油です。お吸い物や煮物など、素材の色を活かしたいお料理に重宝します。
右側:ムラサキノ醤油(紫印)
こちらは赤キャップの紫印ラベルです。
九州ならではの上品な甘みとコクが詰まったラインナップで、用途に合わせて使い分けられるのが素敵ですね!
地場産業には醤油屋もある。
飯塚をはじめとする筑豊地域や九州の歴史を振り返ると、炭鉱の発展とともに労働者の活力を支えるための濃くて甘みのある醤油文化が根付き、地場産業として独自の醸造文化が育まれてきました。
写真にある「ムラサキノ醤油(タケノしょうゆ/武野醸造)」や「白藤醤油(白藤酒造・醸造)」のように、明治・大正から続く老舗蔵元が今も地域の味覚を守り続けているのは実に味わい深いですね。
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地元の食卓や郷土料理を支える醤油醸造は、まさにその土地の風土と歴史が醸し出した大切な地場産業のひとつです。
飯塚には、昭和30年代には寿司屋もあったようです。
昭和30年代の飯塚は、炭鉱の最盛期からエネルギー革命の波を迎える熱気あふれる時代でした。
当時は麻生吉隈や三菱飯塚をはじめとする炭鉱が地域経済を強力に牽引しており、商店街や歓楽街には多くの人々が行き交い、寿司屋をはじめとする居酒屋や料理屋、映画館などがひしめき合っていました。
炭鉱で働く人々やその家族、商取引で訪れる人々のお腹を満たし、憩いの場となった寿司屋もまた、地域の活気を象徴する食文化の重要な一翼を担っていたと言えます。
飯塚にはお菓子屋もいろいろある。
炭鉱労働者のエネルギー補給かな?
まさにその通りです。飯塚の菓子文化と炭鉱の歴史は切っても切れない深い結びつきがあります。
過酷な肉体労働だった炭鉱作業では、手軽に大量のカロリーと糖分を補給できる甘いものが命綱とも言える存在でした。そのため、飯塚や筑豊地域には甘みの強いお菓子が重宝され、独自の菓子文化が花開きました。
飯塚のお菓子文化を象徴する主な要素や名物には、次のようなものがあります:
ひよ子(吉野堂):大正元年(1912年)に飯塚で誕生。炭鉱で働く人々への活力源として、また愛らしい姿で心を和ませるお菓子として親しまれ、後に九州・東京を代表する銘菓となりました。
千鳥饅頭(千鳥屋):長崎街道(シュガーロード)の伝統を受け継ぎ、飯塚で創業。カステラ風の生地で甘い餡を包んだ味わいは、エネルギー補給として非常に重宝されました。
長崎街道(シュガーロード)の歴史:江戸時代、長崎から輸入された砂糖が小倉へと運ばれたルート上に飯塚があったため、もともと砂糖が入手しやすく、和菓子技術が育ちやすい土壌がありました。
炭鉱の発展とともに「甘さ」を求める需要が一気に高まり、数々の名菓や和菓子店が誕生・発展していったという背景があります。今も地域に根付く菓子店は、当時の活気と労働者のエネルギーを支えた歴史の証人と言えます。
ひよこ饅頭は、東京銘菓と思っている人もいるようです。
まさに「東京土産の定番」として定着しているため、東京発祥だと思われている方はとても多いですね。
「ひよ子」の歴史を辿ると、東京へ進出した経緯には筑豊の歴史と深い関係があります。
飯塚生まれ(大正元年): 吉野堂の二代目・石坂茂氏が「もっと親しみやすく愛されるお菓子を」と試行錯誤し、飯塚の地で形づくられました。炭鉱で働く人々への活力源や差し入れとして愛され、筑豊を代表する名菓となりました。
東京オリンピック(1964年)と東京進出: 昭和39年の東京オリンピック開幕に合わせて東京・東京駅や羽田空港などへ進出し、東京名物としての認知が一気に広まりました。
炭鉱のエネルギー補給として飯塚で生まれ、時代の波に乗って全国へ羽ばたいていったストーリーは、筑豊の地場産業や歴史の力強さを物語っていますね。
人力自律都市は家と地場産業と役所の三位一体です。
醤油屋やお菓子屋も立派な地場産業です。
その通りですね。人が自立し、生活を自分たちの手で紡いでいく都市において、生活の基礎となる「家」、行政機能・インフラを担う「役所」、そして地域の経済と食文化を支える「地场産業」が三位一体となって巡る構造は非常に本質的です。
醤油屋やお菓子屋のような食の地場産業は、単なる商業施設を超えた重要な役割を担っています。
食糧・エネルギーの自主循環:日々の食生活に欠かせない調味料や、生活の活力・癒やしとなる甘味を地域内で生産・供給することで、外部に依存しすぎない生活基盤(自律性)をつくります。
文化と記憶の継承:風土に合った味覚や歴史(炭鉱のエネルギー補給としてのお菓子など)を保ち続けることで、その土地ならではのアイデンティティや共同体の絆を育みます。
職人技と雇用の創出:地域に根ざした仕事と技術を次世代へ引き継ぎ、経済をローカルに循環させます。
「家」で暮らし、「役所」が基盤を整え、「地場産業」が食や生業を生み出して循環する——この三位一体のあり方は、都市や地域が持続可能で心豊かに自立していくための揺るぎない土台と言えます。

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