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2016年10月14日金曜日

いつかの里、飯塚

神話において、日本で初めての夫婦となった”イザナギノミコト””イザナミノミコト”は天の御柱を中心にイザナギ(男性)は左、イザナミ(女性)は右から廻り、出会った所で男性から先に声をかけプロポーズし、無事に結婚し子宝に恵まれたと伝わっています。曩祖八幡宮では多くの人々の心と心が結ばれますように、いつか出会えますようにと、結びの石が鎮座しています。

この石は、神功皇后が家臣達と「またいつか逢いましょう」と再開を誓った場所であり、それが転じて「いつかの里」から「いいづか」という地名の由来になったという飯塚の地名発祥の由来となる伝説があります。


http://www.kankou-iizuka.jp/homepage/sub.asp?id=400&no=3


飯塚市

いつかの里 飯塚[10] - 2016年(平成28年)3月26日制定

作詞:保岡直樹 作曲:片岡寛晶

新設合併10周年記念。3代目(新設合併後の飯塚市としては初代)の市歌である。


保岡直樹(ヤスオカ ナオキ) 作詞家。2006年に『心の真んなか母がいる』で日本作詩大賞の最優秀新人賞を受賞。

片岡寛晶 (かたおか・ひろあき;Hiroaki Kataoka)
1983年・福岡県飯塚市生まれ。東京音楽大学・打楽器科卒業。在学時は、自作自演・新作初演など数多くの演奏会に参加。韓国で行われたユンイサン国際音楽祭に招待され、アンサンブルモデルンと共演する。

現在はオーケストラ、吹奏楽、ワークショップ、音楽教育などの活動の傍ら、作曲・編曲も行っており、各地で演奏されている。

作曲を坪能克裕、藤原豊、打楽器を菅原淳、岡田眞理子、安倍圭子の各氏に師事。 2007年・全日本吹奏楽コンクール・朝日作曲賞入選(天馬の道~吹奏楽のための)。現在、東京成徳大学講師・日本女子大学非常勤助手。



市の歌「いつかの里 飯塚」が正午と夕方のチャイムで流れます!!

飯塚市合併10周年を記念して制定した市の歌「いつかの里 飯塚」のメロディが、市民の皆さんに親しまれ口ずさんでいただけるよう、正午と夕方のチャイムとして流れます。


正午
変更後:「いつかの里 飯塚」歌い出し【変更前:フィリピンの田植え歌】
夕方:午後6時(又は午後5時[穂波・筑穂・頴田地区の11月から3月まで])
変更後:「いつかの里 飯塚」サビ【変更前:夕やけ小やけ】


飯塚市イメージソング
「いつかの里、飯塚」が完成 混声合唱曲で披露 来月26日 /福岡

 1市4町合併10周年に合わせた飯塚市のイメージソング「いつかの里 飯塚」が完成した。「市の歌制定委員会」(委員長=藤木徹雄・飯塚文化連盟会長、7人)が8日、審査の成果として斉藤守史市長に答申した。3月26日にイイヅカコスモスコモンである記念式典で披露される。

 歌詞は昨夏募集し、58人(23〜86歳)と1団体の78作品から東京都世田谷区、保岡直樹さん(45)の作品を最優秀賞に選んだ。制定委の補作後、市出身の作曲家、片岡寛晶さん(33)が明るく軽やかな変ロ長調のメロディーをつけた。3月の式典では女声2部、男声1部の混声3部合唱曲として、県合唱連盟筑豊支部長の大分哲照さん(67)の指揮で、飯塚文化連盟加盟の合唱団や吹奏楽団が披露する。

 「いつかの里 飯塚」は、飯塚の地名の由来とされる神功皇后の伝説を念頭に作詞されたという。藤木委員長…


『 いつかの里 飯塚 』

1 心を澄ませば 聴こえてくるよ
いのちの歓び 奏でる大地
芽生えたみどり 流れる水に
夢がいっぱい あふれてる
みんなおいでよ いつかの里に
明るい歌声 響かせて
さあ行こう いつかの里に
ゆたかな絆を むすぶ風
笑顔と元気に 出会うまち 出会うまち

2 見上げる大空 果てまで高く
鳥たちがゆくよ 光をあびて
かさねる手と手 彩る花に
若い息吹が はずんでる
みんなおいでよ いつかの里に
歴史と文化に つつまれて
さあ行こう いつかの里に
高鳴る鼓動を この胸に
輝く未来に つづく道 つづく道
明るい歌声 響かせて

さあ行こう いつかの里に
高鳴る鼓動を この胸に
輝く未来に つづく道 つづく道

2016年10月8日土曜日

サロン福岡@バードマン

柏の森事務所




たらふく亭







やじろべい